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2008年5月10日 (土)

儚き月の下で

今月号のREXは儚月抄が休載だったのでSS一本書きました。
短めです。
ゆるりとした二人の静かな会話をお楽しみくださいまし。
 
 
 
 

「儚き月の下で-無名の丘-」 
 
* * *
 
「メディ、ご覧。月にロケットが飛んでくわ」

 ゆらぁり、と。幽香は夜空を指差した。その指先はゆらゆらと不安定で、対象を正確に指し示しているわけではない事をメディスンは察する。おおよその方角なのだろうか、見つけることは出来ずとも視線を向けることは容易い。
 指の先を辿り、真っ先に映るのは夜空。昼間に見えた青空とは違い、空と大地の境界線が無くなる夜の空はとても広い。そのとても広い夜空にはポツポツと小さな星が明かりを灯し、一際大きな月が煌々と大地を照らしている。
 その中に一つ、速いのか遅いのかよくわからない速度で空に上がって行くものを見つけた。それがロケットなのだろうと理解するのは、さほど難しくなかった。

「幽香、ロケットって何?」

 飛翔していくソレがロケットであることはわかっても、ロケットそのものの知識が無ければただの風景だ。頬を撫ぜる、ほんの少し冷たい風となんら変わりは無い。
 いくら待っても答えが返ってこないので、一先ずロケットから視線を外し、幽香に向ける。幽香は大きな盃を手にボウッと夜空を(或いはロケットを、もしかしたら月を)眺めていた。

「幽香?」
「んん……」

 ボスッ、と幽香の横に腰を降ろす。メディスンは転がっていた大きめの酒瓶を抱きかかえると直接口をつけ、喉に酒を流し込んだ。咽るギリギリまで流し込んだところで、ひょいと幽香に取られた。あまり口に合わない苦い酒だったので、特に文句は言わない。
 親指と人差し指で摘むように口元を拭い、再度疑問を口にする。

「ロケットって何だったの?」

 今はもうすっかり見えなくなってしまった。見た感じ、月とは見当違いの方向へ飛んでいった。
 幽香は「そうねぇ」と一言呟き、今度こそ続けた。

「月へ行くための乗り物かしら」
「違う方向に飛んでいったっぽいよ?」

 メディスンの言葉に幽香はケラケラと笑った。勿論理由もわからず笑われた方は、顔をしかめるしかない。

「元々ね、メディ。ロケットは外の世界のものなのよ」
「うん」
「外の世界ではね、外の世界の”外”に行く手段に使われているのよ」
「月に行くための乗り物じゃないの?」
「そうよ、」

 幽香は一度区切り、何かをほんの少し考えたようだった。言葉を続くのをメディスンは黙って待った。

「つまり外の世界の概念では、月は世界の外にあるのね」
「外の世界の更に外……?」

 幽香は頷く。メディスンには想像もつかなかった。そもそも外の世界についてもそれほど詳しくは無い。

「幽香は物知りだね」
「受け売りよ。どっかの、スキマ妖怪のね」

 そう吐き捨てると、さきほどメディスンがそうしたように酒瓶に口をつけた。メディスンはスキマ妖怪についても心当たりが無かったが、これ以上は無駄な知識だと思ったので疑問にする事は無かった。
 ぷはっと酒瓶から口を離し、幽香が眉をひそめる。親指で唇をなぞり、ポツリと呟いた。

「それにしても今更月へなんて……一体何を企んでるのかしら」

 自分に投げられた言葉ではない事を理解し、メディスンは返事をしなかった。代わりにコロンと寝転がり、掌を月に向ける。綺麗な弧を描く三日月は、メディスンのその小さな掌に収まってしまった。――最も、メディスンがその手を握り締めても月を握る事は出来ないのだが。
 
「幽香、月には何があるの?」
「知らないわ。ただ……そうねぇ」

 幽香はキョロキョロと視線を動かすと、ある一点で止めた。その視線の先を指差し、言う。

「メディ、あの山に行った事はある?」
「ないよ」
「じゃあ今度行ってみるといいわ。その時の感動と月に行った時の感動は、きっと同じものよ」
「そうなの?」
「ええ。同じ、”見えるけど行った事は無い場所”ですもの」

 盃を両手でくるくる回しながら、幽香は少し微笑んだ。
 「ふぅん」と生返事、メディスンは重くなってきた目蓋を擦った。不意に起き上がり、幽香にしな垂れかかる。酒を盃に移していた幽香は少し焦り、睨みを効かせたが、目を閉じられたメディスンには届かなかった。
 やれやれと、幽香はメディスンを後ろから支える形に移動する。メディスンも幽香の胸に後頭部を預けてきた。
 すぐに静かな寝息が聞こえるようになった。

「ねぇ紫、月に一体何の価値があると言うのかしら?」

 答えるものがいなくなった夜、幽香は一人呟く。そして酒の中に空の三日月を収め、それを一気に飲み干した。
 月を飲むのに月へ行く必要は無い。そして月を飲む事が出来るのは嫦娥だけではない。月に行ってまでしてやることは何一つ無いのだ。月でできる事は全て地上で出来てしまう。――少なくとも妖怪が行おうと思うものは。

「否、あれは妖怪と言うよりは……」

 だとするのならば妖怪である自分の考えでは至らない。
 先ほどメディスンがそうしたように、月に向けて手を伸ばした。彼女よりは月に近づいているだろうか、それでも指先は月に掠めもしなかった。

「目には見て 手には取らえぬ 月の内の 楓の如き 妹を奈何せむ」

 恋焦がれているのはむしろ私だろうか、と一言付け足し。
 幽香もまた瞳を閉じた。

 
* * *
 
 
Q なんでこの二人?
A 幽香メディが俺のジャスティス。

Q 幽香と紫の関係は?
A 本気で戦った事は無いけど互いに「本気で戦ったら勝てる」と思ってる関係。
  俺の中ではそんなイメージ。

Q ロケット何処いった?
A 宇宙行きました。外の世界を表と仮定して、幻想郷なので裏の世界の宇宙です。
  宇宙と言っても幻想郷と月をつなぐ道程を示します。
  俺なりの幻想郷における宇宙の解釈です。全部説明すると長そうなので割合。

Q 最後の歌の詳細。
A 湯原王(ゆはらのおおきみ)の相聞、湯原王の娘子に贈る歌より。
  万葉集四巻の六百三十二番歌。
  1、手の届かぬ月に何かを求めた紫。
  2、関係ないと思いつつも紫の行動の気になる幽香。
  の二つの意味を入れたつもりです。互いに手の届かぬ領域。
  後半のメディ空気っぷりは異常。
 

楽しんでいただけたら幸い。

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